みなさまこんにちは!!
グランスイート川越新富町の居原です。
さて今回は、前回に引き続き川越の歴史(詳細版)をお話し
たいと思います。
平安時代から鎌倉時代にかけて川越は武士による荘園支配が
進みます。川越の名前の由来ともいわれている河越氏はこの
時代に現れました。河越氏は鎌倉幕府の御家人として力を持
つようになり、河越太郎重頼の娘は源義経の正妻とまでなし
ました。しかしながら源頼朝と義経の不和により悲しい結末
を迎えることとなりました。
その後河越一族は再び盛り返しますが、平一揆の乱で失敗し
滅亡します。後に現れた上杉持朝は川越一帯を治め、家臣の
太田道真・道灌の父子に城を築かせます。この城が今でも残
っている『川越城』です。この城は、武蔵国が扇谷上杉氏と
古河公方足利氏の勢力の接触点であったため、足利氏の勢力
に対抗する目的で、上杉持朝が「道灌かがり」と呼ばれる手
法で築せたと言われています。「川越城」は別名、「初雁城
」、「霧隠城」とも言い、関東七名城に数えられています。

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春には桜もきれいな川越城本丸御殿
その後、川越城は城下に町を広げながら発展していきます。
その後、小田原氏・北条氏の支配下におかれますが、北条氏
は豊臣秀吉によって滅ぼされることとなりました。
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