全国的に梅雨入りしてしまいジメジメした日が続くのか・・・と思いきや、この晴天。
暫くの間味わえないであろうこのお天気に、お散歩するもよし、洗濯物を干すもよし、皆様どのような楽しみ方をされているのでしょうか。
私は、時間が許せば深田池公園にでも足を伸ばしてみようかと思っております。
さて、本日は「御影・住吉の歴史」について簡単に触れたいと思います♪
[現在、高級住宅街としてその名を知られている、御影・住吉エリア。
明治後期から大正時代にかけて、
<日本最大の経済都市大阪> <東洋最大の港湾都市神戸>
これらの中間に位置するこの地に、阪神間の富豪がこぞって大邸宅を建てたことから
「日本一の長者村」と呼ばれていた。
大阪の富商達の間では、大阪市内の居住環境の悪化にともない、郊外への転出を意識する声が
強く、その転出先として、大阪・神戸へのアクセスが良く、環境が整ったこの地が、高い人気を
誇ったのである。
この豪壮な邸宅群は、昭和初期に開発された芦屋市六麓荘町や大田区田園調布を遥かに凌ぐ
スケールである。
そんな、御影・住吉だからこそ、多くの著名人がその邸宅をこの地に構えた。
以下にその一例を以下に挙げてみる。

(旧乾邸)
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大林組 大林義雄社長
白鶴酒造 嘉納家
住友 住友吉左衞門友純
東洋紡 阿部房次郎会長
レイヨン(クラレ) 山内顯倉敷社長
武田薬品 武田長兵衛社長
乾汽船 乾新兵衛社長
日立 久原房之助(創始者)
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(この情報はブログ担当、川上が個人的に調べたもので、誤りがある場合がございますことをご了承下さいませ。)
など、早々たる顔ぶれがその名を連ねる。
その後の開発によりそれらの邸宅は、他の形へと姿を変えていったが、それらの中には今なお、
その姿を残すものも少なくない。
歴史をさかのぼっても、当時より人気の高いここ御影。
その歴史に基づいた、落ち着きのある上品な街並み。
高い利便性と同時に、豊かな自然を今でも残す。
皆様も、阪神間で家をお探しの際は、是非ここ御影を一度視野に入れてご検討下さい。
ここにしかない、素晴らしいお住まいがきっと見つかるのではないでしょうか。
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