小倉のご紹介第2弾!!
今回はべたべたの小倉城をご紹介致します。
1600年、関ヶ原の戦いの論功行賞で細川忠興が豊前国と豊後国二国を領する。中津城に入城するが、
1602年から7年かけて新たに小倉城を築城、そこに居を構える。
1632年、細川家が肥後国に移ると、譜代大名として、播磨国から小笠原忠真が15万石を領し、小倉城にはいる。以後、小倉藩藩主の居城となる。
1837年、天守閣が炎上。以後再建されず。
1866年、第二次長州征伐で小倉藩と長州藩の戦闘の際、小倉藩は長州の攻勢の前に小倉城撤退を決める。同年8月1日、小倉藩の手により小倉城は炎上。藩主は熊本城に避難した。
1867年、長州藩と小倉藩で和平が成立。しかし、小倉城は灰燼に帰していたので、以後、藩庁は香春にあった奉行所に置かれた。
明治維新後、城跡に陸軍の砲兵部隊が置かれる。
1959年、鉄筋コンクリートで4層の天守閣が復興された。ただし、実際は層塔式だったものを望楼式風にするなど、史実とはやや異なる形をしている。
1998年、小倉城庭園および松本清張記念館が開館した。
2004年春から秋にかけての調査により、篠崎口~清水門の外堀で畝堀と堀障子が発見。忠興当時のものと考えられる。なお現在、天守閣内部は郷土資料館として利用されている。
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